仕事で,出身大学に行ってきました。

2025.11.16

2025.11.01

先週,仕事で50年ぶりに卒業した大学へ行きました。

余りの変貌に,びっくり❣ 大阪市内にあった学舎を吹田学舎(大阪万博会場後)に移転する計画の第1号が,私が入学し工学部でした。当時はあたりに何もなく,真新しい校舎がポツンとあるという状況でした。現在は,かつて市内にあった医学部・歯学部とそれらの附属病院や薬学部・人間科学部などが移転し,豊中学舎・箕面学舎にある学部以外が移転していました。大学の敷地というより,大学全体が一つの町になっていて,スケールの大きさに驚きを隠せませんでした。私が通っていた大学の面影はほんの一部でしたが,なぜか母校に帰った安らぎと穏やかさを感じていました。

懐かしくなり大学構内を散策しているとき,当時のことが心の中に蘇ってきました。私が入学したころは学生紛争真っただ中であり,機動隊に見守られながらの大学入試から始まり,学生運動家による大学封鎖(私たち新入生は,1年間の自宅待機),自宅での課題とレポートによる単位認定を経て2年に進級。2年になって授業が再開されても,大学構内に機動隊にいるという状況でした。落ち着いて学業に取り組めたのは,3年になったころだったように思います。

そうそう,学生紛争で大学の授業がないとき(自宅待機中)に,アルバイトとして予備校で数学を教えるご縁を頂きました。教えた生徒がぐんぐん伸びるのを見て面白くなり,教育に興味が生まれたのを思い出しました。今思えば,学生紛争による大学封鎖が私を教育へ導くきっかけとなったのです。ホント,「人生に無駄はない。」のです。

今回の仕事によって,若い気持ちも思い出し,「もうちょっと頑張ってみよう❣」なんて思う黒澤でした。